Contents
日本人の花粉症の代表「スギ花粉症」の歴史とは?
日本人の約10~20%、4人に1人が発症するといわれている花粉症ですが、その大半は「スギ花粉」による花粉症。
正式な調査ではありませんが、耳鼻咽喉科によって調べられた調査によると、3,300万人もの日本人がスギ花粉症であるという調査もあります。
ここ10年の間にかなり増加したスギ花粉症。
その歴史をひもといてみましょう。
日本で一番始めに認められた花粉症は「ブタクサ」だった
当然ながら、大昔の日本では「花粉症」はおろか、「アレルギー」という病気自体が認められてはいませんでした。
恐らく、きっとアレルギー症状自体はあったであろうけれども、「奇病」ということでかたづけられていることも多かったのではと思います。
また、昔は今と違い「何かの植物だけ偏って多く自生する」ということもなかったため、アレルギーの発症率自体も低かったと思われます。
そんな中、戦後アメリカ進駐軍が持ち込んだ「ブタクサ」が、その繁殖力の強さで一気に増加。
1960年代に、正式に「花粉症」と認められた症状は、ブタクサの花粉症患者だったそうです。
その後、復興のために植えられたスギが増殖し、スギ花粉患者が増えることとなります。
スギの花粉症が増えた理由
1960年代は、花粉症といえば「ブタクサ」の花粉症だったのですが、その後戦争で焼け野原となった日本を復興させるため、大量のスギを植林することとなりました。
成長が早く、丈夫で、材木として加工しやすいスギを植林することは政府からも奨励され、至る所に植林されていきました。
しかし、そのスギが成長したする1980年代、一斉に大量のスギ花粉の飛散が始まりました。
元々、スギは日本固有の植物で、北海道以外の全国で見ることができる、当たり前の植物でした。
それは、日光杉や屋久島の縄文杉など古木があることからもわかるかと思います。
しかし、高度成長期と共に急激に増加してしまったため、私達日本人の「普通」のキャパシティーを超えて、アレルギー物質へとなってしまったのだと思われます。
花粉だけが問題じゃない「公害」も重なったスギ花粉症
高度成長期と共に、植林されたスギによる花粉の飛散量が増加していったということが、日本人のスギ花粉症増加の理由ということは確かなのですが、それとは別にもう一つ。
文明の発達と共に起こった「公害」もスギ花粉症の原因ではと言われています。
今は電気自動車など環境に配慮した車や、ダイオキシンを減らすための工夫をする工場などが多くなりましたが、戦後はともかく生活を豊かにするので精一杯。
ディーゼル排気量なども、今よりももっと多かったと言われています。
花粉症は自然豊かな場所より、都心に近い、車が多くある地方の方が多く発症すると言われています。
これは、ディーゼル排出微粒子が鼻粘膜などを痛めたり、アレルゲンとディーゼル排出微粒子が合わさることで、IGE抗体が作られやすくなるという説があります。
アスファルトの増加による花粉症増加も
また、土が減り、アスファルトが増えたことも花粉症患者増加の理由でもあります。
花粉が飛散しても、湿った、デコボコした土の上ならば、再び舞い上がるということは減りますが、アスファルトの場合、風邪が吹けばすぐに舞い上がってしまいます。
そのため、スギ花粉が空気中にいる時間がながくなってしまい、人間が吸い込みやすくなってしまったということもあります。
これからのスギ花粉症はどうなるだろうか
千葉の林業試験場で花粉の出にくい「花粉症対策用のスギ」の量産化に成功。
現在では、すでにこの「花粉の出にくいスギ」の苗木の出荷が始まっています。
病気に強く、材木として優れたスギは日本にはなくてはならない樹木なため、こうした代替品がでることで、スギ花粉患者が減ると思われます。
ただし、スギが成長するのは40年ほど。
そして、今大量の花粉を放出しているスギと代替わりする事を考えると、孫の代くらいまではまだまだ、スギ花粉に悩まされることでしょう。
日本では、スギと同時期に植えた「ヒノキ」の花粉症患者も、スギに遅れて増加してきました。
アレルギー症状を生じてしまう花粉は、今では40種類とも、50種類とも言われています。
スギ花粉にがすっかりなくなる……、という日がくることはまずありえないので、日頃から花粉症対策を行っていきましょう。
コメントを残す