日本の花粉症の歴史のまとめ

花粉じゃばらサプリ

ブタクサから始まりスギへと遷移していった日本の花粉症の歴史

神話の中ではイザナギとイザナミから始まった日本。

長い歴史の中で数多くの病が生まれては、人間たちの努力で根絶していったり、薬一つ、予防接種一つで治せるようになったりしていきました。

さて、その長い歴史の中で花粉症というものはどのように変わっていったのでしょう。
始まりはアメリカ進駐軍が持ってきた「ブタクサ」。

日本で最初に確認された花粉症「ブタクサ花粉症」の歴史

2017.10.10

世界的に見ると、花粉症患者数はこのブタクサが多いのですが、全てを海で囲まれた島国日本では、経済の発展や、ガラパゴス的な自然環境によって、スギ花粉患者が最も多く数えられるようになってしまいました。

その、遷移や背景ついて、「日本」に焦点を当てて、まとめていきたいと思います。

大昔~戦後までの花粉症やアレルギーに対する認識

平安時代

昔の日本は主に野菜と魚介類を食べて生活しており、こうした食べ物にはアレルギーを起こすことがあまりありません。
また、大気汚染やアスファルトも当然敷かれていないため、花粉症の原因となりえるアレルゲンも溜まりにくく、元々人に備わっていた免疫力も今より良かったと考えられます。
さらに、自生している植物もバランスがよく、何かの植物の花粉だけが多く飛散してしまうということもなかったので、アレルギー症状を起こす人自体が少なかったでしょう。

現に日光の街道には杉並木としてスギがたくさん植わっているのですが、文献で花粉症のような症状を起こした……といったものはのこされていません。

日光杉並木

※今も残る日光杉並木。花粉症の方はマスクをして行きましょう※

ただし、江戸時代の文献などで「あそこの奥方はお蕎麦を食べると体調が悪くなる」といった事が書かれていたり、喘息の子どもがいたり、また、平安時代までさかのぼると、貴族の姫が円座に寄りかかって眠るように急死していたなどという記録もあったりするので、もしかしたらアレルギーを起こす人はいたのですが、「病弱」という認識でしか見られていなかったのかもしれません。

「水戸黄門諸国漫遊記」に喘息で苦しむ人を「南天」の葉で治療する描写が記録されています。
これは、昔にもアレルギーがあったという記録になります。

戦後突然増えだした「ブタクサアレルギー」

江戸時代が終わり、空前の戦争の時代へと突入した日本。
もちろん、工場などもフル稼働で武器や戦闘機などを作り、煤煙なども多く出たかと思いますが、同時に緑豊かだった日本の山や畑は空襲で焼け、全体的な木々の数は減少。

みんなが貧困に喘ぎ、体調不良などもあまり相手にされないのもあり、花粉症症状のような訴えを記録するものはあまりありません。
ですが、1945年、日本の敗戦と共に戦争は終結。
焼け野原になった日本に木々を取り戻すべく、アメリカ進駐軍が植えた「ブタクサ」がその強い生命力を持って大繁殖。

ブタクサ

それと同時に日本人に花粉症のような症状が出るようになりました。

高度成長期「ブタクサ」から「スギ」へと移り変わる花粉症

焼け野原だった日本に、今度はビルが建つようになりました。
1955年、高度成長期の始まりです。

焼けた山々には住宅用の木材などに使うためのスギがどんどん植えられていきます。
同時に食生活は欧米的なものへと変わり、インスタント食品も増えていきます。
土だった道にはアスファルトが敷かれ、落ちた花粉は行き先を失い再び宙を舞います。
車や工場も増えたため大気が汚染され、忙しい毎日で私達の身体の免疫バランスがおかしくなっていきます。

さらには、衛生管理が行き届くようになり、幼い頃に身につくはずだった免疫力自体が落ちるようになってきてしまいました。

そして、日本人に「国民病」と言われるほどにスギ花粉症が蔓延していったのです。

スギ花粉

日本の花粉症の歴史のまとめ

大昔~戦後くらいまで:アレルギーという認識はなく、「病弱」「奇病」という扱い。
歴史的に見て「突然死」や「喘息」というケースも記録されているので、珍しいながらも恐らくこういったケースでアレルギーや花粉症だったことはありえる。

1930年頃:空気中の花粉の飛散量の調査が行われるが、アレルゲンになる程の量は飛散していないと結論付けられる。

1945年頃:第二次世界大戦に日本が負け、焼け野原に咲かせるようにとアメリカ進駐軍からブタクサが持ち込まれる。
それと共に花粉症らしき症状が耳鼻科医師界で認識されるようになる。

1948年:アメリカ進駐軍の医師が花粉症の調査を行うが、日本では花粉症はないと結論づけられてしまう。

1955年頃:高度成長期が始まる。
スギの植林が始まる。
同時に、煤煙などの公害被害も増えるようになる。

1961年:荒木医師がブタクサによる花粉症を確認。
花粉症というもの自体が正式に認められるようになる。

1963年:日本でスギ花粉症が発見される。

1964年:東京オリンピック開催。
スギ花粉症の事実が論文として発表される。

1976年:高度成長期のときに植林したスギが一斉に花粉を飛散し、花粉症患者が激増する。
この頃に、スギ花粉症患者数がブタクサの花粉症患者数を上回るようになる。

1979年:花粉症が社会問題として持ち上げられ、国民病と言われるようになる。

2000年:日本アレルギー学会でスギ花粉の抗原エキスが完成。

2003年:花粉症の抗原が61種類にまで増える。

2010年:スギ花粉症に対する減感作療法が始まり、高い効果が確認される。

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター/印刷会社を得てフリーで活動するライター。自らのアレルギー・花粉症の経験を元に、多くの花粉症予防・対策について記事をしたためている。 健康オタクで、漢方・整体・鍼に詳しい他、毎日のエクササイズも欠かさない。